三田矯正歯科ブログ

2023.03.15更新

前回、前々回の続きです。


近年、EBM普及推進事業(Minds)診療ガイドラインに掲載された
『矯正歯科治療の診療ガイドライン 成長期の骨格性下顎前突編』の中で、骨格性下顎前突に使用される3つの代表的な矯正歯科装置の診療ガイドラインが掲載されていますので説明しています。

(1)成長期の骨格性下顎前突に上顎前方牽引装置は推奨されるか
   →成長期の骨格性下顎前突に上顎前方牽引装置を弱く推奨する

前回の記事で解説済み

 

今回は、

(2)成長期の骨格性下顎前突にチンキャップは推奨されるか
   推奨しない


理由(抜粋&一般の方にわかりやすいように書き換え)
エビデンスの質が低く、とくに骨格系の治療効果については不確実。さらに下顎骨成長終了時の治療効果についてエビデンスが欠如している現時点では、治療する/しないの選択において患者・家族の価値観や好みによるばらつきが大きくなると考えられ、推奨の方向を決めかねるため。

【解説】
前回も記載した通り、残念ながら下顎骨の過成長を止める方法は存在しません(過去には止めようとしていた時代もありましたが、止められないことがわかってきたため、下顎骨の過剰な成長を止める目的の治療装置は使用されなくなっています)。過去には、下の画像のようなチンキャップという装置を使用していた時代もありました。私が最後にこの装置を患者さんに使用したのは、平成2年頃大学病院の矯正歯科勤務時代です。

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この頃からチンキャップの効果に関しては否定的な研究結果も出ていましたが、この装置に強い拘りを持たれていたベテランの矯正歯科医も多数おりました。上顎骨後退型には上顎骨前方牽引装置の使用で治療効果が出る方も少なくありませんが、下顎骨自体が長い成長期の患者さんに対して下顎骨の成長を無理に押さえつけようとしても(成長力は変えられないので)、治らない、または一度症状が軽減しても装置の使用中止とともに再発する場合が多いということです。また、効果が出たように見えても実際には 1)下顎骨の成長方向が下方に向かうだけ 2)下顎骨が左右どちらかに偏位する(変えられない成長力を無理に押さえつけるため顎が横に曲がる) 3)顎関節が損傷を受ける の、3つの代表的な副作用が生じる可能性が高いことがわかってきたため、チンキャップの使用を続ける矯正歯科医は減少しています。

 

【成長期骨格性下顎前突にチンキャップを使用した場合のシミュレーション】

成長期骨格性下顎前突にチンキャップを使用した場合に、一部改善が見られる方はどのような場合でしょう。それは、下顎骨の成長がチンキャップの影響で下方に向かった場合と推測されます。下顎骨の長さが同じでも、下顎骨が下方に位置することにより下顎骨が後方に位置することになります。

例えば、下図のような骨格性下顎前突の方がいたとしましょう。

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下顎が理想値よりも10mm程度前方にありますが、前述の通り下顎骨自体の長さは短くできません(外科手術を除く)。このような方にチンキャップを用いて治ったように思えたとしても、現実的には以下のような治り方( カモフラージュの仕方)となります。

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わかりにくでしょうか。それでは時計で例えてみましょう。

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長針の長さは同じです。

それでも10時20分と10時25分では、基準線(青線)からの距離(赤線)は長くなります。チンキャップで効果が出て見える場合でも時計の長針と同じで、実際には治っている訳ではありません。単にカモフラージュしているだけになります。特に面長の人にこのような治療をしてしまえば、より面長になってしまいます。

 

【当院での考え方】

では、低年齢で下顎骨自体が長いことが判明した場合、どうすれば良いのか?大きく分ければ以下の2択になると思います。

(A)上記を踏まえたうえで何もせず、下顎骨が伸びきった頃に①矯正治療単独で可能か(抜歯が必要か不要か) ②外科矯正(下顎骨離断手術など)かの判断を行う

(B)言い方は悪いが、やるだけやってみる

 

例として、7歳で来院された男の子の横顔レントゲン写真を分析します。

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一見、それほど重症には見えませんが、すでに5mm程度下顎骨が理想値よりも前に位置していることがわかりました。男の子の場合で言えば概ね中学校2年後半頃から身長がグッと伸びるので、下顎骨も長くなります。専用のソフトで成長期が終わる頃にどうなっているかのシュミレーションを出してみると下記の通りです。

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緑色のようになると予測している訳です。何度か記載した通り、下顎骨の成長を止めることはできないので、矯正治療を行なってもこうなってしまう可能性が高いということです。

低年齢の場合はどうでしょう?

上記の(A)放置でなく(B)のやるだけやってみる の選択をするのであれば、下顎骨の過成長を止めることはできないことがわかっているので、1つ前の記事同様に上顎骨前方牽引を行うしかありません。

つまり、長い方の下顎に合わせて上顎を前に出すことになるのですが、下図のように人間の顔はある点を中心に放射線状に発育します。下顎が伸びる前に上顎骨を先に成長させてしまい、その後に上下の前歯を比較的深めに噛ませる(歯の移動で行う)ことにより、下顎骨が少しでも過成長しづらい環境を作るということです。

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上顎骨前方牽引の治療目標は下図のような感じです。

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白く写っているのが骨で、水色のラインが上顎骨前方牽引終了時の予測です。下顎も2年間で成長していますが、それ以上に上顎骨を一旦前方に牽引しています。

治療前後の重ね合わせ。

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ここからが大切ですが、注意点です。

1)今回、日本矯正歯科学会が下顎骨自体が長い方に対しての早期治療を推奨しないとしたように、必ずしも効果が出るとは限らない。一旦効果が出ても、成長に伴い下顎が結局は過成長してしまう場合が多い。

2)年齢が上がれば上がるほど、下顎が前に出てきているため、上顎骨前方牽引では追いつかないか、効果が出たとしても上下顎前突の状態になるのはやむを得ない。

3)2)の理由で、外科手術は回避できても、(上下顎前突をカモフラージュするため)上下左右で4本の抜歯を行い、その隙間を利用して上下前歯を後退させる治療が必要になる。

 

上記のことをよく理解して頂いたうえで、早期治療を行うか第2次成長期終了まで経過観察するか慎重に検討して頂きます。

 

またしても長くなってしまったので、続きは次回。

 

参考:合わせて読んで頂くと理解が深まるかと思います。

成長期反対咬合(受け口)の考え方 - 1

成長期反対咬合(受け口)の考え方 - 2

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

投稿者: 三田矯正歯科医院 三田浩明

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